プロフィール

hirusagari

Author:hirusagari
2008年2月24日
3012gカイトを水中出産。
2011年4月12日
2938gエイトを出産、
二児の母。


2010年8月8日
フランスアンティーク
・ブロカントの
東京奥沢で『帆風舎』立ち上げ、
2011年10月四国へ移住。
2013年4月愛知県長久手に移住。
しばらく旅をしながらイベント参加、
ブロカント(フランス古道具)販売中。

夫婦共通の趣味は子育て。
人に出会うこと。

カイトとエイトと愉快な仲間たち。




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人。



暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?

私は息子の夏休みをいいことにあちらこちらへとバタバタドタドタと横断し、
一緒になって満喫しています。
暑さもむしろ自分のものにしているかのように。



ここ愛知県に来てから、もう4ヶ月が経とうとしています。
今住んでいるのは愛知県長久手という町。



日々の営みを大事にすることに重点を置いて生活しています。
しばらくは自分のことをちゃんとかわいがってあげようと思っていたので、
「人に出会うこと」という意識そのものが
遠ざかっていた、そんな気もしていたけれど、
出会い、出会うスピードが早いことって意識次第なんだと周りの友人らと同感はしていて、
偶然も必然だよねと言葉で表現出来る縁を確信はしていたけど、
最近は
「私の今」に大切な言葉をささやいてもくれる人を
ピュンピュンとではなく、
ドスンドスンと日常のように頭上から、
私の目の前に落ちてきてくれる。
もう神様が送り込んでいるんじゃないかってくらいね、ものすごくて。


そして気持ちよくまた明日を迎えようなんていう優しい表現ではなくて、
頭をガンガン割れるくらい叩かれて、
でも破壊的な感じではなくて
打ちのめされて、
そして自分のいらない部分を土砂崩れのように流していく。
もちろんそれをしてくれるのが、一番近くにいる大ちゃんでもあるのだけど、
言葉で言えないくらいなことで衝撃的だから
一度どかーーーんと心身が落ちるのだけど、
数時間後に脱皮するような、
頭の中がつるつるのゆでたまごみたいになっているような感じ。


常識とか、自分の中の小さなマナーみたいなものも
もう山のてっぺんからコロコロと落としていくような感じ。わざと。


その繰り返しをここずっっっっっとしていて、
そのおかげで一瞬一瞬がたのしくて、幸せで仕方ないのだ。


そんな毎日。




そして「真意は真逆」ということもここ数ヶ月感じているのだ。




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光がさすとこへ。



ここ(長久手市)に引っ越してきてから、
ありがたくもずいぶんゆっくり過ごしています。
それはこどもと過ごす時間が貴重だなあとものすごく思える今、
カイトの幼稚園の充実さに目覚ましく意欲的なあたし。
そして日常のこと。
それだけで一日は満タン。
9時を過ぎたらみんなで大きないびきをかいて寝ている。



怒りながら、笑いながら、泣きながら、歌って、食べて、
暴れて、走って、たまには歩いて、いっぱい寝て、
また暴れて、その繰り返しを。
ものすごいスピードで変化成長していく子供たちと
毎日、向き合いながら過ごしている日々。




この日々の生活の中で、
自分のしたいことも、やりたいこともものすごく厳選されてきている。
ただ時間があれば良いってもんじゃくて、
何がしたいかがちゃんと見えてくる。
だから、やる。
気持ちいいなって思う。


疲れきって、そしてまた必ず明日は来る。
そんな繰り返しをありがたく感謝している。



必ず自分に必要な時間を与えてくれ、
そこをきっと、
光がさしてくれているから、全て導かれているんだよね。




ぜったい神様の仕業。




先日、大好きな高知へ何ヶ月ぶりかに出掛けた。
蚤の市のお誘いがあったから。
四国はあいにくの雨、出発時既に香川も雨。
前日に主催者さんに雨でも決行ですかと連絡をしたら、
来るやつは来ると。
その意気込みに、私も天候は関係なく行くと決めた。



紹介されたショップの方、
知人のお店で雨宿りしながら短時間だが時間が過ぎ、
下のチビを連れて行ったのもあって帰ることを決めた私は、
またここで紹介してもらったパリのマダムのようなおばさまに
とってもステキな傘を借りて車まで行った。
それからまた会いましょうと挨拶をして別れて
高速に入って30分も経たないトンネルを出る瞬間にガッッガッッガッッッガっと
車が上下左右に揺れ、スピードがどんどん減速していく。
アクセルを踏んでみたけどそれでも応答なし。
60kmの時点でどんどん下がっていくメーターをみて、
これはただ事じゃないとハザードを出して路肩に寄った。

その数秒後、エンジン完全停止。
そこまでは異常に冷静な自分がいた。

が、停止してからはその冷静さもなくなって、
どうしようか頭の中はひっちゃかめっちゃかでテンぱった。
え?JAF?保険会社?レッカー?子供たちはどーしよう?
携帯の充電もほぼない、(←いつものことだが)
非常停止地帯までは30mある、一人では無理、
ハザードだけで大丈夫かなあ、あー追突されたらどうしよう、、、、、などなど、、、、


でもその数秒後にパカパカさせた車が後ろにゆっくり停まった。
日本道路公団の黄色い車がこの車を見つけてくれた。
なんてタイミング!!!
その方たちが安全地帯まで車を押して移動してくれ、
保険会社にも連絡をして、
レッカー車も20分足らずで到着。


その後結局は私は車を預け、
保険会社の指示通りにタクシーで自宅まで無事帰ったのだが、
こんな災難の中、自分て本当についてるなって思った。
それは次の日、私はこの車にカイトエイトも含め4人の子供を乗せて
大阪まで行く予定だったので、
これがもし明日、途中のあのダダ混みの神阪神高速で起きたらって考えるだけで
もう頭が爆発してしまう。
だから今日、これが起きたことがありがたくて仕方なかったのだ。


そのイベントに呼んでくれた方と、
さっき電話していて、
呼ばれて行ってなかったら、きっと阪神高速で大惨事でした、ありがたいですと。
彼は「なんて帆風さんはプラス思考なんですか?」と言っていたけど、
確かにアタシの愛車カングーはもう入院していて、報告では大病で、
手術費も相当、、、、涙
でも無事みながここにいられることへの安堵感。
これって、絶対緊急事態を避ける為に、
あの日、しかもそのタイミングで神様が早めてくれたんだとしか考えられない。


しかも春休み、
入院中のカングー君の代わりは残念ながら一台もなく、
おかげで毎日この片田舎で車なしの超不便な毎日です。

子供たちの保育園の行き(車慣れをし過ぎて、
朝からタクシーを呼びつける怠け具合もありましたが笑)
帰りは寄り道しながら、
時に競走しながら、
重い荷物もお手伝いしてもらいながら、
買い食いしながら笑、
空き地で遊び方を考えながら。。。


「どこかに連れて行けない」からどうしょうと親が勝手にそう思っていたこと。
子供たちはちょっとしたスペースさえあったら何したって遊べる。
道具なんてなくたってね、そこから想像力が生まれるんだから。
ただ道具があれば楽なのは親だってこと。
確かにそれもたまには必要かもしれないけど、
与えれば与える程、
子供の考えるスペースをどんどん狭めて縮めて。

そんなこと頭ではもうとっくの昔にわかっていたことなのだけど、
出来ていないことだから、
きっとそれは遠回りのようで気付くような近道を、
ものすごいタイミングでのくれた故障。


こんなこと神様以外誰も出来ないよって心底思う。



だから私はああ、空から見ているんだなって、
自分らしく生き生きして生活していくために、
ときどき、色んな事故、故障、病気、ケガ、喧嘩、悩み、疲労などなどで
気付かせるきっかけをくれているんだなあって思う。
決して悪いことばっかじゃない。
いいことがきっかけもあるんだろうけど、
でも人間てチヤホヤされると傲慢になったり、
作り上げられる自分が何者かわかんなくなったり、
そこでなかなか気がつかないもんね。
だからだなって思っちゃう。←自分もそうゆうとこある気がする。



明日からまたはじまる。
きっかけはカングー(車)だったけど、
自分によし悪し問題があるんだって思いたいな。
それが一番今はしっくりくる進み方かな。










もっと速いスピードで。




昨日の選挙の結果をどんな思いで見ていたんだろうとたくさんの人の顔が浮かんでくる。
子供を守ろう、もっとシンプルな幸せがいいってそう思えた。
311以降、
本当のことが何なのかわからないまま半年を関東で過ごし、
でもどんどん違和感を覚え、
やっぱ自分の直感を信じるしかないと
オープンしてまだ一年しか経っていないお店も、
お家も手放して、
私は子供を連れて四国に移住した。



新しい場所が見つかったら、ただ安心で安全な暮しをしたかった。
自分が出来ること(役割)を無理なくやれたらと考えていた。
でもその自分の役割が何なのかが鮮明に見えてこなかった。
だからそれを探すかのように旅をして、出来る限りいろんな人に会って、
とにかく話を聞いた。
今まで自分やまわりを決めつけていたことも、
自分のしょぼい先入観で考えを狭めていたことも、
そしてこだわっていたことも、ぜーんぶ
昨夜の選挙結果でぶっとんで、
自分がどうあるべきかわかった気がする。



今まではいい場所が見つかったらゆっくりお店も再開したいなあと
思っていたけど、きっとそれそのものの考え自体も
手放していかなきゃ何も見えてこない気がした。

本当にやりたいならお店は移動式だって出来るし、
旅だってこれからずっと生きている間は旅だし、
これからは身軽に動けるスタイルでやれることやっていこうって決めた。


やっとやっとスイッチ入った。
場所が見つかり次第、本州のどこかに移ろうと。
もっともっと動くために。
そしてこうなったら大ちゃんと二匹狼でいくんだ!
帆風家集結!って感じでね。



こんなずるくて、ありえないことがまかり通るこの日本が
気付かしてくれたのは、自分の根元だなんてとっても皮肉だけど、
そこにはとっても感謝です。
そしてやっぱり私、日本人だぜー!って胸はって世界中旅したいし、
誇りもって生きていきたい。
もちろん、子供たちにも同じように。


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わたしは、もっともっとスピードあげて、ジャンプするように動く。
もちろん、今まで以上に地に足をつけてね。
そう決めたんだ。




写真:中川正子






今。




考え始めたら寝らんなくて、起きてきた。



いつかとか、
また今度とか、
いつ自分がいなくなっちゃうかわかんないじゃん!って本気で思ってるから、
やりたいことは出来る限り今すぐやるようにしてる。




そのやりたいこと、やるべきことの矛先が
自分から自分だけに向いているのか、
自分から回りに向いているのかというのがポイントで、
やっぱり、自分、子供、家族、親戚、地域社会、日本、世界、、、
みたいに少しでも大きな円の枠で考えていきたいなと。




自分の夢とか理想て、実際のところ何なんだろうと考えたら、
今の自分の身体は、二人の子供と大ちゃんでほとんどを占めていて
それを中心とした枠で少しずつやれることをしていって、
毎日疲れて眠れる、そして
朝がくるのを楽しみに生きていたい。でした。



だけど、それよりも先にすることがあるんだって大ちゃんは言います。
それを二人で出来たらもっともっとみんながハッピーになるって真剣に言ってる。
勿論、自分もそれは真剣に感じてる。
全日本を引退してから7年、
しばし悶々とした人生を送ってきたあの人に
やっと火がついて沸々しているのです。
自分たちだけのことはいつか必ず出来るにきまってる。とも言う。
その「いつか」が私は腑に落ちないのです。
今すぐしたい。




繰り返すけど
いつかはない、
いますぐしたいと。



お互いがそう思いながら話せば焦るばかりか支離滅裂。
うまくがちっと噛み合されば、二馬力どころか
想像出来ないくらいのパワーに違いない。
人に答えなんて求めたことがない自分が、
誰か答えをくれないかとも最近思ってしまう。



確かに考えたら、自分しか満たされない小さな欲なんて
捨ててでもやらなきゃいけないことあるんだろうな。
それが使命とかってやつ?ならば
自分が小っこく感じて、本気でたまにやんなる。




あの情熱男の隣りでいる私、だいぶんあおられています。笑
自分でも、大切なことはわかっている。
でも動かないのは、
ただ動けない理由を並べてるほうが圧倒的に楽だから。
でもきっと直感で動いてきたから、
そう思った瞬間を大事に過ごすつもり。



マザーテレサとか、ホントすごい。



心と身体は一体。












3.11



一年前、
大ちゃんとお店にいた。
大きく横揺れして、
上に置いているものが落ちてきた。
緑道に出て、立ちすくんだあの日。


怖さの中、我に返った。
「カイト大丈夫かなあ、カイト!」
すぐに店を閉め、
保育園まで向かう車の中で
目を疑う映像。
何が起きているのかもしばらくわからず、
映像に釘付けになり、
後ろの車にクラクションを鳴らされハッとし、
運転し直した。



経験したことのない恐怖感。
不安と悲しみにつつまれる中、
東京では帰宅難民と言われる映像が
TVで流れ、TwitterのTLでは、
関東のいろんな方達が拡散で
「帰れない方、暖をとりに寄って下さい」
「温かい飲み物、無料で提供します、寒さ対策して下さい。」
「ヒール、革靴で歩いて帰られる方、古いですけスニーカー提供します。
使って下さい!住所...」
「自転車貸します。少しでも早く家に帰って、
心配している家族を安心させてあげてください。」.......


こんな人のことを思うツイートでTLが埋まった。



大都会で個人主義で、
人には関与しない、東京。
っと思っていたけど、
東京も、日本人も捨てたもんじゃないなって
心の奥にギューってきたあの日。




家族がここにいられる幸せは、
大袈裟じゃなく、
奇跡だって。



あれ以来、
自分の身を置く環境、価値観、
未来への思い、人との関わり、、、
全て変わった。



今まで、
人任せにしていたことが多過ぎた。



震災で被災された方たちの
復興に微力でも力になり続けていく。



未来を紡いでいくために、、、



あの日からはじまること。







今の自分のこと。



四国に来て早4ヶ月。
随分放置してしまったブログ。



今は自分に与えられたとても大事な時間だと思っている。
考えていることは、
これからのことだけ。



自由が丘でお店をさせてもらっていた頃、
遠くからわざわざ来て下さったお客さんと色んな話をしてたら、
泣いてしまう人がいた。
帰り際、今日は本当に来てよかったですと言われた時、
人の力になるって、
やっぱり人の心を動かすことなんだなあと実感して
帰り道、
嬉しくて嬉しくて、
自分までも目に涙がいっぱいだった。



自分には、
今、必ずやるべきことがある。
この気持ちになれたことを次はまわりに返す番。


東京いたときの大切な気持ちの、
それ以上でも以下でもない、
もっと深い何か。


薄ら見えてはいるが、少し足らない、
ビビビとこない、
気持ちが大きくは揺れない、
動きが鈍い。
それでは走れない。
長い助走。



だから、
色んな場所に足を運び、
会いたい人に会いに行き、
ヒントがないか、
気付かずに通り過ぎていることはないか探し続け、
自分の意識も引き上げてもらう。



これからの未来のことを大ちゃんとも話すと
ワクワクして、ドキドキして、
ふわんと見えてくる灯りみたいなものはある。
自分達が信じている人の心みたいなものを
じわじわと感じている。



そして、
もう頭のなかに、枠とか、しがらみとか、執着とか全然なくなって、
何でもさらりと手放してみることが
自分を気持ちよく変える方法だとはっきりわかっている。


トンネルの中を走り、
先に見える景色が何なのか、、、。
今日、明日がどう変わっていっているのかどうかってことまでも
楽しみで楽しみで仕方ない。
そのために今を楽しく!

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どこでも、どんな形に変化しても、
大切なものは変わらないし、
そして、怖くない。
よし、来い!みたいなパワーまでもが
じわじわとは湧いてきている。



鍵を差し込んでまわす力はある。
あとは肝心な鍵を見つけるだけ。







2011年



2011年。

自分の考えを話せる環境を探しながら歩いてました。
そんなことはきっと人生初めてです。


温度差も感じ、落ち込んだり、迷ったり。
母親として、一人の人として、
自分の生き方をとにかく考えた年でした。
でも今はしっかり前に進んでいます。



そして来年は特に人のために動き回りたい。
今こうしてまっさらな自分でいられることへの感謝のお返しをしなければ。
自分でも人の役に立つことが出来ると知りました。
ありがとう。


来年もよろしくお願いします。
よいお年をお迎え下さい。

2011.12.31




一升枡



一升枡に
どんなに多く酒を得ようとしても、
枡以上のものは溢れてしまう。


それは人も同じ。

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欲張らず、
己を知る。




自分相応で生きる。
シンプルに。




大切なコトを知っているヒトが、
やっぱり強いのだ。


ルーツ。



四国は今は亡き母さんの実家。


瀬戸大橋が出来る前からも、
夏休みはそこで過ごすために、
フェリーで何時間もかけて向かったおじいちゃん家。


昔は田舎の商店街が賑わっていたのに、
今はもう街も錆びれてしまっているシャッター街。
でも、なんだろう。
この何とも言えない懐かしくて落ち着く感じ。




八十八箇所(お遍路)の参道沿いにある
清水屋でところてん。
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黒糖きなこ、粉でげほげほしたヒト↑



昔に抱いた気持ちとか、思いとか、蘇ってきたり。
ヒトとちゃんと向き合いたいなって思ったり。
色んなコトを感じながら。




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