プロフィール

hirusagari

Author:hirusagari
2008年2月24日
3012gカイトを水中出産。
2011年4月12日
2938gエイトを出産、
二児の母。


2010年8月8日
フランスアンティーク
・ブロカントの
東京奥沢で『帆風舎』立ち上げ、
2011年10月四国へ移住。
2013年4月愛知県長久手に移住。
しばらく旅をしながらイベント参加、
ブロカント(フランス古道具)販売中。

夫婦共通の趣味は子育て。
人に出会うこと。

カイトとエイトと愉快な仲間たち。




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コレカラモイッショ

2月24日午前9時26分3012gの
元気な男の子が産まれました。



臍の緒が絡まっていたため、
赤ちゃんは苦しくないよう自ら考えてゆっくりゆっくりとおりてくる。

でも、その長く激しい痛みに耐えられず
呼吸がうまく出来なく、いきんでしまい、
子宮口が開いては縮まるという経過を繰り返し、
産院に着いてからの陣痛10時間経過。

少しでも赤ちゃんが下りてくるために
この陣痛の激痛の中、
「お前なら出来る!頑張れ」と
助産院の1階から3階までの階段を登り下りを
直の手を引きつき合ってくれた大ちゃん。

それでも、あともう一息と言われ 早朝、
「近くの神社まで歩こう」と言う大ちゃんは
痛みに耐えながら歩く直に
「焦らんでいいからな」と歩幅を合わせて
2~3歩歩いては民家の塀にしがみつき、
声を荒らげる直の腰をさすりながら、
やっと着いた神社では
「無事生まれますように」とお参りし、
帰る道ではすれ違う人には
「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」と
声をかけられるほどだった。


助産院に戻ってからは
「小さい体で赤ちゃんも頑張ってんだぞ」と励まされ、
体力消耗する身体にチョコやおにぎりを運び込んで、
水分を含ませてくれ、
「食べたくなくてもパワーつけな」と
隣りにいて常に声をかけてくれた大ちゃん。


「お母さんになるんだからしっかりしないと」と
喝を入れてくれたり、
リラックスするようにとアロマを焚いてくれ、
1番合いそうなホメオパシーを勧めてくれたり、
とにかく「あなたの力」と言い続けてくれた助産婦の菊ちゃん。


「いいよ、うまいよ、大丈夫だよ」と
常に安心させてくれた助産婦の鈴木さん。


終盤にさしかかり「頭が出てきたから触ってみたら?」と
出かけた頭を意識ももうろうとしてる中、
手を伸ばし触り、
もうこっちの世界に来かけている赤ちゃんを実感し、
あと一息頑張らないとと身が引き締まり、
最後の気力を振り絞り、
水の中に頭がつるりと出てくれ、
全て出た赤ちゃんを両手で掬い上げ、
小さな命を胸にした時、
安堵感、達成感、産むまでの想い、
赤ちゃんを見た瞬間こんな自分でも母親になれるありがたさ、
たった今、自分は子供を産んだのだということを全身で感じ、
頭の中が全て赤ちゃんだった。


「よく頑張ったなナオチ、生んでくれてありがとう」と
赤ちゃんを見る度に目から零れ落ちる涙でいっぱいの大ちゃんパパ。
臍の緒で繋がれた二つの命は大ちゃんの手によって別々になった。


無事産めたのはやっぱり大ちゃんのサポートがあり、
周りでいい環境を作り、
手助けしてくれた助産師さんがいてこそ。


今、私は本当に幸せです。
自然なお産という名の下で、
色々な試みが進んでいる今現在、
それは病院によってそれぞれだけど、
産む力というひとつのテーマでつながっていた。


それはお産は頭でなく体で感じていくことと、
関わる人々の心が通じ合い、
信頼し合うことから生まれていた。


「親というものは子供を生んだ時の事を決して忘れない。
何度でも思い出しながら子育てをするんだよ」と
いつか言ってた母ちゃん。


自然なお産のプロ達はお産の暖かさや手触りを大切にする。
その人達はお産というものが親子にとって特別な、
いつまでも色褪せない時間になることを熟知している。
私は「自然に産む力」というものを、
体験をして、
自分の中にある力を信じられるようになった。


そしてその体験を経て、
幸福は10倍にもなったがつらいことがひとつ。
それはこの世の中に、絶対に失いたくない大切なものが増えたこと。


でも自分の子供も一人の小さな人。
大ちゃんと直の間を意味あって選んで来てくれた。
この小さな人にこれから沢山の事を教えられると思う。
その大切な人の可能性ある未来の目を摘まないように
自分たちはいい土になれたらな。
そんな子育てをしていこうと我が子を胸にそう思った。


そして「産まれたよ!」と両親に電話しながら、
感情が込み上げてきて、それ以上言葉が出なくなった。
その数時間後、東京の助産院にとんで来た両親。
真っ先に母親に言った言葉は
「産んでくれてありがとう」だった。



そして助産院を2月29日に退院(この日が予定日だった)。
お願いしたままになっていた神社に御礼を言いに行った時、
あの陣痛の痛みの中、
一歩一歩だいちゃんと手を握り、
歩いて参った姿が蘇り、
あの時はいなかった我が子がここにいるありがたさで
熱いものが涙と共にぐっとこみあげてきた。
「ゼッタイ、この子を幸せにします!ありがとう!」って。
そしてこの日を境に
この世の母親というものを尊敬した。


これからはこの子がいる人生、もっともっと楽しいことが待っている。
人生は一生経験、一生勉強です。
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