プロフィール

hirusagari

Author:hirusagari
2008年2月24日
3012gカイトを水中出産。
2011年4月12日
2938gエイトを出産、
二児の母。


2010年8月8日
フランスアンティーク
・ブロカントの
東京奥沢で『帆風舎』立ち上げ、
2011年10月四国へ移住。
2013年4月愛知県長久手に移住。
しばらく旅をしながらイベント参加、
ブロカント(フランス古道具)販売中。

夫婦共通の趣味は子育て。
人に出会うこと。

カイトとエイトと愉快な仲間たち。




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私の母ちゃん。




3年前の今日3/20、
母ちゃんは天国へ云った。


この日がくる1カ月前、
心臓がバクバクして苦しいのよと言っていたが、
カイトの1歳の誕生日で東京まで来てくれ、
カイトのベビーカーを押し、
カイトとずっと話していた。
父ちゃんと一緒にお餅を背負わせてくれたり、
美味しいご馳走でお祝いしてくれた。



この日が来る9日前、
「お母さん、癌が再発したみたいだから、
病院に入るけどすぐ戻ってくるからね」と電話してきた。
いつもと変わらず元気なんだけど、声が震えて聞こえた。



後から妹に聞いたが、
入院する二日前、
母ちゃんは心臓があぶっているのに大好きなゴルフに出掛け、
友達に支えてもらいながら18ホール周りきったと聞いた。
これが母ちゃん最期のゴルフ。
癌を患ってからは、スキなことは今すぐする、
遊びたいから、しっかり働くの!と高い声でいつも言っていた。
母ちゃんらしい。



この日が来る7日前、
私は名古屋に帰り病院へ行くと、
いつもと変わらず優しい母ちゃんが寝ていた。



この日がくる3日前、妹が母ちゃんに付き添った病室で、
2人でダウンタウンDXを見て大笑いしていたと言っていた。
何だか普段の毎日みたいな光景が想像出来た。



2日前、
母ちゃんには「死んでほしくない、もっと生きて」って思っていたけど、
母ちゃんが辛そうで、苦しそうで
それでもってどんどん、どんどん薬を飲まされ弱っていき、
薬まみれになる母ちゃんを見ていて、
どうにかしてでも生きてほしいって願っている家族、
口にはしなかったけど、私は心の中で
「母ちゃん、もう楽になっていいよ」って本気で思っていた。



母ちゃんがその時をむかえ、
家族が気付いたことは、
後から後から出てきた。


母ちゃんは再発して病院に入ってしまったら、
もう二度と出られないとわかっていたから、
どんだけ苦しくても病院へ行かなかったのだ。



自分に与えられた残りわずかな時間を精一杯生きようと、
母ちゃんの中ではもうすでに
人生時間のカウントダウンは始まっていたんだなあって
母ちゃんがいなくなって、
タンスから全身転移している検査結果の資料が出てきてわかったのだ。


仕事も含む身辺整理も、きちんとされていた。
相変わらず几帳面ぬかりなかった。



自分の小さかった時のこと、
色々聞きたいけどもう聞けないから、
母ちゃんにどうしてもらってたか
わからない時は記憶を辿り、思い出してる。


本当に小さい時のことは覚えてはいないけど、
母ちゃんは勉強しなさいと一度も言わなかったし、
子どもにおしつけなかったし、
期待しなかったし、求めなかった。
子どもの世界には関与せず、
本人が決めたことを常に尊重して私たちこどもはいつも自由だった。


そんな母ちゃんのある誕生日に
聞こえるかわかんないくらいの小さな声で私は
生んでくれてありがとうと言った。
ただ照れ臭かったから。



カイトが生まれて、助産院に駆け付けてくれた母ちゃんに、
生んでくれてありがとうとしっかり伝えた。
本当に自分が子供を産んで、母親ってものすごいんだって肌で感じたから。
母ちゃん、横向いて泣いてた。



そして6年前の自分たちの結婚式、
今までありがとう。と母ちゃんに言ったら、
「直美、大ちゃんのお母さんを大事にするのよ」と強い言葉が返ってきた。



死ぬ数日前、
病室でカイトを抱いて黙って母ちゃん見てたら、
優しい声で
「なおみ、ありがとう。」と言ってくれた。


その言葉が、
嬉しくもどうしようもなく悔しくて、
ものすごくさみしくなって、、病室出て泣いた。
ずっとずっと涙が止まらなかった。
抱いていたカイトは泣いた私を見て笑っていた。






あれからもう三年、まだ三年。
私は母ちゃんがずっと元気でいるのはわかってる。
そして私のことを心配していないのもわかってる。
昔からそうだったから。



あなたが育てたわたしは、
変わらず元気で、幸せで、
自分なりの道を何とか生きている。


あなたがいなくなってから、
何かものすごい強い力で突き動かされて、
導かれて、普遍的な何かを掴もうとしているよ。



父ちゃんは、
あなたがいたから強くいられたことに痛いほど気付いているよ。
そして、
もっともっとあなたのことを好きになっていってるのがわかるよ。
だから、それが残念なんだ。
たまにさみしそうな顔を見せる父ちゃんに、
母ちゃんに笑われるよと、いつも喝を入れてるよ。笑



今回、九州を父ちゃんと旅したのも、帰り(今日)は母ちゃんの命日。
旅が好きだった母ちゃんと一緒だったような気もして、
母ちゃんの話をして思い出してたよ。



まだまだ手のかかる男の子二人を追っかけ回す日々で、
いちいち落ち込んでる暇もなく、
母ちゃんのことをゆっくり思い出すことも出来ず、
あっと言う間に過ぎた年月なのかもしれないけど、
三年経って、だいぶ心に整理がついてきたような気がしてる。



それでもまだまだ先に続く人生、
心折れそうになったら、
また母ちゃんのこといっぱい思い出すね。
そしてあなたがしたように、
自分が選んだ人を信じ続けて生きていきたい。


強く前を向いて生きていけるのは、
母ちゃんに強烈な生き様を見せつけられたから。





だから、
ほんとうは、
いつもあなたに、
ありがとうが言いたい。







母ちゃん、
ありがとう。




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